高校で経験した海外研修が私の人生を大きく変えるきっかけに。

大学 海外留学

英語が大好きだった学生時代。他の教科はすべて苦手。だからこそ英語に力を注いだ高校受験。

この話は私が九州の地元の高校を卒業して、単身で海外へ留学した時の話です。今振り返ってみると、「人とのご縁ってすごいんだな」と思わせられる話です。

中学校時代は英語が好きで得意科目になった

私は中学校で初めて英語を習い始めてから、その面白さと奥深さに惹きつけられて英語だけが大好きになりました。

他の教科は全て苦手で、特に体育の授業なんて毎回地獄でした。

他の科目は嫌いだけど英語だけは評価5に

それでも英語だけは大好きで得意だったので、英語の成績だけでいいから5段階評価のうち5を取ろう、と私は頑張っていました。

英語の成績のおかげでか志望校に合格

高校入試のテストも数学では点数があまり取れなかったのに、英語の点数が高かったおかげで第一志望校に見事合格することが出来ました。

私の進学が決まった高校は由緒正しい女子高で、長い歴史を持つ進学校でした。母もこの高校の卒業生だったので、私が合格したことを家族みんな喜んでくれました。

校則が厳しい高校生活

高校生活が始まってから。

理想と現実のギャップに悩む毎日。大学受験のプレッシャーもすごかった。

高校生活が始まってからというもの。聞いていたより校則が厳しくて、まるで毎日刑務所に通っているような気分で登校していました。

担任になった先生も校則についてはうるさいくせに授業はつまらないし、体育の先生に至っては、髪の毛を結ぶ時にはおくれ毛を出すなや、あまり高い位置で結ぶな、などと言いたい放題。

隣のクラスの新任の先生は生徒指導の主任に気に入られようとスカートが短すぎる、や髪の毛を染めているんじゃないか、など生徒にうるさく付きまとっていました。

それでも英語だけは頑張った

漫画のようなキラキラとした高校生活を想像していた私は、現実とのギャップにすごくがっかりしていました。

でも、高校で習う英語は中学校レベルとは全く違っていて、相変わらず英語だけは一生懸命勉強していました。

高校2年生:一週間の海外研修のチャンス

高校2年生になって。一週間の海外研修のチャンスが。

これが私の人生を変える大きなきっかけとなりました。

こんな校則にしばられた一年間を乗り切って、私は2年生になりました。

私の高校では2年生になると選抜で選ばれた生徒だけがアメリカに1週間の海外研修に行くことができました。

夏休みを利用してアメリカにホームステイしながら現地の高校に通う、という内容で、英語が大好きな私にとってこれほどワクワクする夏休みの過ごし方はありません。

選考試験に臨む

親を説得して、選ばれるかは分かりませんが選考に応募するだけやってみることになりました。

選抜の方法は、簡単な英語での面接とテストの点数。日頃からいい成績を取っている生徒が有利でした。

テストの成績は心配ないとして、気がかりだったのは英語での面接。一体なにを聞かれるのか全く見当がつきませんでした。

面接で大失敗

ドキドキしながら迎えた面接の日。放課後に申込者だけ集められ、一人ずつ教室に呼ばれます。

ついに私の番が来て中に入ると、私のクラスの英語担当の先生が座っていました。「How are you?」というような基本的な挨拶から始まり、次に自己紹介をするように言われました。

名前と年齢、通っている高校名を英語で何とか言い終わると、先生は英語で「次の質問です。日本食のかつ丼について説明してください」と言いました。

海外研修に参加したい動機や英語を学ぶことの熱意を聞くのではなく、日本食、それもかつ丼の説明を求められたので私は固まってしまいました。

意外過ぎる面接の質問。

なんだか大失敗をしてしまった気がして泣いてしまいました。

海外研修の選考の結果

固まってしまった私を見て、先生は微笑みながら辛抱強く私の回答を待ってくれました。

ようやく思いついたのは、「豚の肉を揚げて醤油ベースで、米と一緒に食べるものです」という答えでした。

シンプルだけどなんだか細かい所をたくさん間違えていて「完全に落ちた」と思い、面接が終わって泣いてしまいました。

選考の結果が返ってきたのは面接から一週間後。

配布物係がくれたプリントの中に茶色い封筒が入っていました。私の名前だけが書いてあり、なんだこれと思っていると担任が「海外研修の選考を受けた人たちは封筒を受け取ったと思います。

中には選考結果が書いてあるので、後から確認しておきなさい」と言いました。放課後、仲のいい友達に囲まれながら封筒を開けてみると、「選考通過」の文字が!

嬉しくてうれしくて友達とジャンプしてしまいまいした。これで一週間とはいえ、アメリカで英語を学べる、と思うとこの高校に合格した時よりも強い喜びが湧き上がってきました。

憧れのアメリカで生の英語に遭遇・いろんな刺激

ついにアメリカ上陸。現地の高校で刺激を受ける。

生徒会長の髪型にはびっくり。

そして迎えた夏休み。初めてパスポートを申請して、スーツケースやデジカメを母に買ってもらって、準備もばっちりでした。

出発当日に空港に行くと、他の生徒や先生がぞくぞくと集まってきました。私は楽しみすぎてテンション爆上げです。

母と別れるのも寂しくありませんでした。飛行機に乗ってホームステイ先のあるアメリカのある州へ。到着したときには時差ぼけと疲れですごく眠かったのを覚えています。

シングルマザーのお宅でホームステイ

私がホームステイしたのは、現地の高校で日本語の先生として働くお母さんと双子の子どもの家でした。

シングルマザーの家で、外国人の知らない男の人がいない、と分かり少し安心しました。

初めてのアメリカでの生活は、初めて目にするものばかりでとても楽しかったです。

現地の高校の授業を受けての驚き

それよりも感銘を受けたのは現地の高校での授業。現地の生徒に混じって授業を受ける機会がありました。

日本での授業は、先生の言うことをただ聞いて、黒板に書かれた文字を書き写すだけで終わっていきますよね。

でもアメリカの高校の授業は、先生と生徒が対話をし、クラス中を動き回ってグループワークをしたりゲームをしたり。日本での授業よりずっと楽しいものでした。

現地の生徒達もみんな同じ制服を着ていましたが、スカートの長さはバラバラだし、髪の毛も金髪の人もいれば黒髪の人、生徒会長に至っては髪の毛を赤に染めてサイドを刈り上げにしていて、驚きました。

こんなに英語が好きで勉強しているのに聞き取れないし話せない

日本に帰ってきてからの思いはこれでした。

こんなに英語が好きで勉強しているのに。
聞き取れないし話せない。
→大学留学を決意。

楽しかったアメリカでのホームステイもあっという間に過ぎていきました。

最後の方には私の拙い英語を聞いてくれるアメリカ人の友達が3人も出来て、住所の交換をして別れました。

せっかく仲良くなったのに。当時はフェイスブックの存在も知らなかったので「絶対手紙書くから!ずっと友達でいようね」と約束して涙のお別れをしました。

家に帰ってきてから。なんだか魔法が解けたような変な気持ちになりながら、でもアメリカやホームステイした家にはいつか必ず戻りたいと思いました。

それにこんなに大好きで勉強している英語も、ネイティブが話していると何を言っているか分からないし、何か聞かれても返事をするのに時間がかかって、でも使えるのは幼稚な英語だけ。

帰ってきてからなんだか悔しい思いが込み上げてきました。

ネイティブのように話せるようになりたい

じゃあここからどうしよう。大学に行って英語を学び続けてもきっとネイティブのように話せるようになることは絶対にない。

と考えた私は高校を卒業してから日本の大学に進学はせずに、ホームステイで行ったあの街にある大学へ直接入学することにしました。

英語の先生からもらった的確なアドバイスで留学を決意

アメリカの大学へ留学。

聞くだけで気が遠くなることで、親も担任の先生も最初は反対気味でした。

だれも気持ちを分かってくれない。

私はもどかしさで一杯になりながらも、ホームステイの引率をしてくれた英語の先生へアドバイスをもらいにいきました。

海外留学で英語を学ぶ以外に手に職を~

英語の先生は、一通り私の話を聞いてからこう言いました。

「言っていることは間違えてないよ。これから英語が話せて損をすることは決してないからね。

でも英語が話せる人なんてこの地球上にいくらだっているし、英語が話せるだけでいい仕事に就けるわけでもない。

だって英語はただのコミュニケーションのツールなんだから。じゃあどうしたらいいか?

だったら英語を通して何かを学んで手に職を付ける事が一番。

例えば英語が話せる弁護士ってすごいだろう?

英語もペラペラで弁護士の資格も持っている。日本人でもアメリカ人でも相手に商売できる。

君に弁護士になれって言っているんじゃないけど、英語を通して何を学びたいか考えてごらん?」

なるほど。英語を通して何を学ぶか。アメリカの大学に行って何を選考するか。

アメリカの大学で通訳・翻訳を学ぶ

ここから更に1年ぐらい悩んで私が出した結論はアメリカの大学に行って通訳・翻訳の勉強をすること。

そうすれば好きな英語と母国語の日本語を合わせて人の役に立つからです。

それから、5年間の留学を経て、留学終わりの記念にといって受けたトーイックのテストも見事、満点を取る事ができました。

まとめ

現在では、学位を活かして、通訳や翻訳の仕事をしています。今の旦那さんとも留学中に出会いそのまま結婚に至りました。

もし、私があの高校に受かっていなかったら、海外選考に落ちてアメリカの高校での授業を受けていなかったら、英語の先生があの先生ではなかったら…

今そう考えてみると感慨深い気持ちになります。

アメリカでの留学生活も決して楽なものではありませんでした。

今の時代では、英語の学習方法もだいぶ当時と変わり便利なアプリが登場しているんですよね。

高校時代にスタディサプリEnglishを知っていれば、ビジネス英語コースもTOEICコースもどちらも受講していて、自分で評判を書きまくっていたと思いますね。

そのくらい英語ヲタクでしたので・・笑

私の場合は学生時代にそんな思いになれたのは今思えばラッキーだったんだと思います。大人になってから英語が好きになる人もいますね。そんな人でも今から始めるといいですよ。

日本語だけにしばられずに英語を学んで海外の文化を知るとほんとうに人生が変わることっていつでもあります。

お話はまたの機会に。